連休諸話
（その一）
散髪屋で蒸しタオルを顔に天井を向いていたら隣のイスのおっさんが、
「あぁあ、連休が来よる、嫌やなぁ」と言う。
「えっ、なんでですか？」と散髪屋。
「なぁ〜んもすることがない。テレビだけや」とおっさん。
どんな顔のお方か気になった。
ヒゲが剃り終わり、倒されていた椅子が起こされた時、隣を見ると四十過ぎの口ヒゲを置いたおっさんだった。ボヤァ〜とした感じの方。この世に口ヒゲ以外は登録していないといった顔の人。連休が嫌だなんて、およそ釣り趣味の者には考えられない世界のお方。連休直前のこの時期に、こんなボヤァ〜としたのは釣り仲間には、おらんですわ。
（そのニ）
連休続きでエサ屋のおっさんは寝不足なのだ。毎朝毎朝早くから釣り客にたたき起こされて睡眠不足が積み重なったのだ。表戸をガチャガチャさせ、「おはよう、おはよう」と声を掛けるが起きてくれない。もっと激しく戸を叩きたいが、エサ屋は長屋続きで両隣があり、そう無下に戸を叩けない。引き戸のガラスの一角が大学ノートほど切りとってあって、ツバメの通り路。巣は玄関たたきの天井隅。背伸びして、このツバメ穴から部屋内へ、「おはよう、おはよう」を繰り返す。やっぱりダメだ。あきらめて、別のエサ屋へ行くことにする。車でほんの三〜四分。 あっちのおっさん、起きているだろうか？
（その三）
春の海はのたりのたり。小潮日の潮止まりは、歴史も時間も消え果てるみたい。海面に、洗面器大のクラゲがプカァ〜と浮かんでいる。足が長い長い。茶色の毛糸束みたいな足が約ニメーター。仕掛けを巻き上げる途中でコクンと当たりみたいな感触があるが、これは仕掛けがクラゲにからまったのである。揚がってきた仕掛けはクラゲでにゅるにゅるだ。気持ちが悪ァ〜るい。エサにもクラゲがまといついている。海面に浮かぶクラゲ。海中深く漂うクラゲ。クラゲにも春がやって来たか。連休の瀬戸の海は、クラゲと震災ヒトデの天下でこざる。なお、この日の釣果で記念すべきは空針にひっかかったフジツボさん。文鎮にちょうど手頃な岩を背負って来たから持ち帰った。根掛かり岩釣りも又おつなものでっせ。
（その四）
連休は我が家の真向こうの陸橋敷設工事も休みかと思ったが朝７時になるとブルトーザーがうなりだした。ダンプトラックが次々やって来る。柵の隙間から工事現場を覗くと、なんと、ブルが孟宗竹の竹藪をつぶしにかかっていた。
ヤヤッ、筍が危ない！
ヨッシャ、明日はネズミ小僧になってやる！
朝の早起きは釣り師の特技。早朝四時半に起きだし、東の空がしらむのを待ちかねて、野鍬を手に、工事現場へタケノコ堀りにもぐり込んだ。三本掘って無事帰還。ここは他人の土地。柵で囲った工事現場。誰かに、“ドロボウ”と叫ばれたらどうしよう。掘る間、まるで生きた心地がしなかった。釣り師、クワでタケノコを釣るのおそまつ。